1990年代後半のフランス女性に 〔女性・フランス・モデル〕

ついてみてみると、女性の労働力率は45%で、30~40歳でも77%が就労し、結婚、出産・育児で職業を中断せず働き続けるのが普通になっている。

女性の初婚年齢は26.1歳と晩婚化し、また、法律婚は減り、事実婚が増え、離婚は3組に1組、離婚の際、子供を引き取るのは母親が85%、合計特殊出生率は1.7前後、婚外子は10人に4人。

産む産まないの自由を獲得した女性の生き方は仕事と家庭を両立させる方向へと大きく変化した。

しかし、女性の賃金は男性の75%と、なお格差があり、育児休暇をとるのは母親が多く、男性の家事参加率もまだ低く、女性の方が仕事と家事・育児の二重労働を負っているのが実情である。

こうした女性の状況と家族形態の多様化に伴い、父親の位置と役割についての議論と模索が続いている。

女性たちはあらゆる公領域に進出するようになったが、唯一まだ厚い壁が男性最後の牙城)といわれる政治である。

女性国会議員の割合は5~6%で推移し、ヨーロッパ連合中最下位であったが、1990年代に入り、パリテの運動を女性政治家たちが中心になって起こした。

積極的差別改善策であるクォータ制の選挙への導入は憲法の男女平等原則に抵触すると違憲判決が出たからである。

運動が実り、99年にパリテ導入のための憲法改正案が通り、パリテ法が2001年の地方選から適用となった。

同法により、市区町村議会のほとんどで、女性議員は48%に達した。

フランス革命時の性別をもたない「普遍的市民」から、いまなお論争の対象となっているとはいえ、性別をもつ「普遍的市民」へ変更した意味は大きく、パリテは今後職業などすべての領域に影響を及ぼすであろう。

もう一つ、同性愛者にも結婚に近い民事的権利を認めようとするパクス法が1999年に成立し、実施された。母子家庭の貧困化など、まだまだ女性差別の解決すべき問題は多いが、女性の既得権の擁護や権利獲得のために、女性たちが万単位のデモが組めるのは、女性の権利意識の高さであり、強みであろう。
update:2010年02月24日